29. Nov. 2019. オリエンタル・ディスクール

展覧会タイトル

オリエンタル・ディスクール

会期

2019年11月29日(金)から12月9日(月)
12:00-18:00
レセプションパーティー:11月29日(金)18:00〜21:00
アーティストトーク&パーティー:12月8日(日)12:00〜18:00

会場

Komagome1-14cas
〒170-0003 東京都豊島区駒込1丁目14−6

概要

東アジアにゆかりのあるアーティスト2人と1組による展覧会を開催いたします。本展は、東アジアの女性たちの表現を通じ、その魅力はどこから来るのかを考える展覧会です。

オリエンタリズムとは、東方趣味、東方世界へのあこがれを持った眼差し/思考です。眼差しは西洋から向けられます。しかし西洋のみならず、西洋的な思考をもった東洋の私たちの眼差しもまたそこに含まれるのではないでしょうか。そしてその眼差しはお互いに向ける対等なものではなく、神秘的な文化/近代化されていない未熟な文化へ向ける、一方的に覗き込むような眼差しです。

文学批評家のエドワード・サイードは、西洋人が持つ中近東の人々への「好色・怠惰・知的、肉体的にも劣っている」という定式化したイメージは、支配者による物の見方/様式だと指摘しました。こういった西洋と東洋の「根本的な違い」は根拠のない思考ですが、オリエンタリズムの様式を信じることによって、東洋人を含めた私たち共通の「真実」になっていきます。それは中近東だけでなく東アジアの私たちへも向けられています。

代表的な例を挙げると、西洋人から見た東洋人のアイコンとして肉体的・知的に劣っている様子を表す「メガネに出っ歯」は有名です。小説/映画「ティファニーで朝食を」では、東洋の「知的、肉体的にも劣っている」男性として厚いメガネをかけた背の低い出っ歯の人物が、知的さからかけ離れた幼稚さを持つ怒りっぽい日本人男性として描かれ、西洋的な文脈で消費されています。

知的さというのは、学歴や知識量の話ではなく、知的な振る舞い/近代的な自我や倫理観を持たないという意味での無知さを指します。「ティファニーで朝食を」以降も多くの東洋人男性たちは、お金を持っているビジネスマン、または飛び抜けて頭のいい研究者やプログラマーという設定ではあっても、多くの場合は知的な振る舞いはしない人物として、ハリウッド映画を始めとする欧米の映画や小説で描かれ続けています。

東洋の女性は、「怠惰で好色的」として西洋の眼差しによって好んで描かれたモチーフです。人々は描かれた絵画や小説の中の娼婦を好奇の目で見ることにより、東洋人の女性を理解し、それが「東洋の真実」であるかのように扱っていきました。さらに東洋の女性自身も、西洋からの視線を内在化して「東洋の女性らしく」振る舞うことで自分の存在を西洋的なものの中で確立していくこともあります。

アーティストの草間彌生は若き頃、単身ニューヨークへ渡った際に、ギャラリーや美術館に金色の着物で登場します。この場合の彼女は、好きな衣装を自由に選択しているとは言いづらく、西洋での自分を位置付けるために「オリエンタルな女性」というアイコンを借りて、自分の地位を確立しようと奮起しているという見方が妥当です。

着物を纏うのは東洋の女性ばかりではありません。西洋の女性が「怠惰で好色的な」振る舞いをする時、ナイトガウンとしての着物を着るなど、東洋的な怠惰性を暗喩することもしばしばです。私たちは映画や文学で、素肌に薄い着物風のガウンを着た西洋人の女性をたびたび見かけます。そこには地理的/人種的な西東の枠組みはなく、思想的な分裂が見て取れます。

アジアの日本でさえ、オリエンタリズムの思考を持ちます。他アジアと比べて早い時期、明治時代に近代化が行われた日本は、第二次世界大戦中に東洋の兄として知的に劣っているであろうアジアの弟たちを「永遠に」統治しようとしていました。自分たちを「兄」と位置付けている根拠は、近代化(西洋化)です。戦後の日本人の男性画家は、近代的な思考を獲得した西洋的な眼差しで、オリエンタルな沖縄を見つめ、芸者の女性たちを描きます。神秘的な文化への眼差しは、より近代化の遅れた国へ、男性よりも女性へと向けられてゆきます。

本展に参加するアーティストたちに共通するのは、移民です。

ヨシミ・リー(Yoshimi Lee)は写真の専門教育を受けた後、写真に留まらず、映像やインスタレーション、パフォーマンスを行うアーティストとして活動します。ヨシミの両親は、韓国から日本に渡ったいわゆる在日韓国人です。ヨシミ自身はフランスで生まれ育ったフランス国籍のフランス人ですが、両親から日本語教育を受けた日本語話者でもあります。現在は8割がフランスにルーツを持つ人々が暮らすカナダのケベック州に、夫と子どもたちと暮らしています。彼女は、自身の人生経験として韓国からの文化的影響は大変に少ないのです。しかしアジア系のフランス人として、彼女は親から子へ続く民族の記憶の伝承についての考察を重ねています。

本展覧会でヨシミは、彼女の子どもたちの韓服(Hanbok)姿を撮影した銀塩写真のようなマテリアルのアクリルに裏打ちされた作品を出品します。作品には、自分が経験したアイデンティティの形成を、次の代の子どもたちへと引き継ぐ行為でもあり、民族や国家、個人の経験というものが乖離した状態でありながらも、社会的な集団記憶として、あたかも確固として存在していることの虚構性が映し出されています。

アリサ・バーガー(Alisa Berger)は、ドイツ在住の映像、パフォーマンス、インスタレーションのアーティストです。ウラジオストクに住む高麗人の母とユダヤ人の父の子としてアリサは、ロシアで生まれました。朝鮮から中国側へ渡った人々は朝鮮族(ジョソンジョック)と呼ばれ、ロシア側へ渡った人々は高麗人(コリョサラン)と呼ばれています。長い歴史の中で朝鮮民族は多くの戦争を経験し、人々はより良い土地を目指して近隣の日本や中国、ロシアへ移動を繰り返しました。アリサの祖母は日韓併合で投獄された曾祖父と共にウラジオストクへ脱北しました。

アリサは、彼女の母親と同じような境遇の多くの移民たちをインターネット上で見つけます。そこには家族のアルバムや、移民としての記憶が載せられています。インターネット上で見られる移民たちの記録は、グラデーションの違いはあれどどこか共通したものとして、アリサの前に現れます。彼女の作品は、自分の母親や祖母、親戚たちの写真や記憶を紐解いていく映像作品です。

しかし、写真と思い出話のナレーションの映像を見ていると多くの矛盾や、おかしな様子に気がつきます。アリサは、自身のルーツの話に、インターネット上で見つけた画像や逸話を織り交ぜながら、彼女の別のルーツを作り上げています。しかしそれは全くの嘘とは言い切れないものがあります。彼女は、現実と虚構を混ぜたマジックリアリズムの手法を用いながら、映像で歴史を問い直そうと試みています。

ユミソンとイシャイ・ガルバッシュ(Yumi Song & Yishay Garbasz)は、普段はベルリンと東京でそれぞれに活動し、時々アーティストユニットを組み、トラウマの継承や人々の記憶がどのように可視化されるのかを作品化します。

イシャイ・ガルバッシュ(Yishay Garbasz)は、NYで写真の専門教育を受けたアーティストで、西アジアのイスラエルに男性として生まれ、現在は女性としてドイツに在住しています。イシャイは、イスラエルで生まれ育ち徴兵も経験しています。イシャイはかつて、世界の多くの国々はイスラエルに脅威を与える怖い国だと考えていました。徴兵が終わり初めて国外へ出た彼女は、他の国々は逆にイスラエルが脅威をあたえる怖い国だと考えているのだと驚きをもって知りました。

多くの国の人々が怖くないように、イスラエルの人々も呪術的な恐ろしい思想をもった怖い人々ではなく、日々の生活に追われ、それを楽しもうとしている個人です。しかしイスラエルの周りには心的にも物理的にも高く険しい壁が立ちはだかっています。イシャイは世界中の壁を中判カメラで撮影するプロジェクトをはじめ、現在も世界中に増え続ける壁を撮影しています。

ユミソン(Yumi Song)は、在日韓国人のコンセプチュアル・アーティストです。土地が持つ記憶を人々の想像力というストロークで描きすことを目的としています。ユミソンの父親は幼い頃、南北朝鮮戦争後の韓国軍の民間人虐殺に偶然に立会い、生き延びました。民族がもつ共通の記憶と個人の傷はどのように折り合いをつけていけるのか、ユミソンは実際に父から聞いた話を抽象的な物語にして、父の目線で語ったストーリーとして作品を作りました。

ユミソンとイシャイ・ガルバッシュは、共同作品として関東大震災の後に流された噂、朝鮮人が「井戸に毒を流す」という言葉を呪文のように捉え、その呪文を実際に唱えることを試みます。それは、朝鮮人が井戸に毒を流して人々を殺したのではなく、毒を流して殺されるかもしれないと考えた人々が、逆に朝鮮人を虐殺し始める呪文でした。イシャイはその呪文は朝鮮人の話ではなく自分の話だと言います。いつもユダヤ人はそのようなきっかけで迫害をされると言います。2人は共同生活をしていた京都の町へ、想像上の大量虐殺への恐ろしい「毒を流」しに行きます。それは短い映像作品になりました。

2人と1組のアーティストはオリエンタル・ディスクール(東洋の言説)として、移動や生活、土地の記憶から影響を受けて制作をしました。本展は、彼女たちの表現に迫ることで、私たちの生きている社会やアイデンティティの形成の仕方を見つめ直すことを試みます。

参加アーティスト

  • Yoshimi Lee

    経歴
  • フランス生まれ、カナダ、ケベック在住
  • 2018 カナダ、コンコルディア大学にて修士号、ファインアーツ写真専攻
  • 2010 イギリス、セントラル・セント・マーチンズにて学士号、写真専攻
  • 1999 パリ、エセック・ビジネススクールにて修士号、マーケティング管理専攻
  • 1998 東京、国際基督教大学ICU芸術にて経営学の学士号、経済学専攻
  • Website:https://yoshimilee.wixsite.com/photo
  • Alisa Berger

    経歴
  • ロシア、ダゲスタン共和国生まれ、ドイツ、ケルン在住
  • 2016 ドイツ、ケルン・メディア・アート・アカデミー修士
  • 2013 コロンビア、コロンビア国立大学学士、造形芸術
  • 2010 ドイツ、ハーゲン通信大学学士、心理学
  • Website:https://www.alisabergermun.com/en
  • Yumi Song and Yishay Garbasz

  • 経歴・受賞歴(Yishay Garbasz)
  • イスラエル生まれ、ドイツ、ベルリン在住
  • 2004 アメリカ、バード大学学士、写真専攻、スティーブンショアーに師事
  • 2005 トーマス・J・ワトソン・フェローシップ
  • Website:http://www.yishay.com
  • 経歴・受賞歴(Yumi Song)
  • 日本生まれ、東京在住
  • 2007 美学校 写真、リトグラフ、細密画
  • 2015 文化庁新進芸術家海外研修
  • Website:http://yumisong.net/

企画

Baexong Arts(ユミソン)
https://baexong.net/

協力・助成

東アジア文化都市 2019 豊島
Komagome1-14cas
ドイツNRW州文化科学省:Ministerium für Kultur und Wissenschaft des Landes Nordrhein-Westfalen