誰かたちの展覧会

このたびアーティストフェア京都2026の時期にあわせ、2026年2月21日(土)〜24日(火)、京都に滞在されるアーティストが開く《誰かたちの展覧会》という滞在型の展覧会を開催いたします。

《誰かたちの展覧会》は、アーティストが滞在しながら空間に作品や物を配置し、去るときにはすべてを持ち帰ることで、展示が生成・変容・消失していくプロジェクト型の展覧会です。

ソフィカルの初期の作品に《眠る人々》というものがあります。それは常にベッドを空けないで誰かしらが寝ている状態を作るという、眠るという行為とベッドという個人的な空間を開く行為でした。《眠る人々》とは違って、人間ではなく作品の方に焦点を当て、「誰かがいるから作品がある」という状態を短い期間作ります。

一般公開されるのは応接間のみで、観客は滞在者の気配の集合体としての展覧会と向き合います。本企画は綿密にねられた展覧会ではなく、作品とともにアーティストの小さな旅を通して「誰かがここにいる」という存在が重なり合う過程も観客は体験します。


■ 2月21日から23日までの展示風景(24日分は撮影失敗)

展覧会風景(▶︎名前をクリックすると、感想文が読めます)

金子千裕

 「誰かたちの展覧会」を振り返って 

2026年2月24日 金子千裕 

〇展示全体を通して 

まず自分の展示について。 

普段はあまり書かない話をまずします。自分の行動指針のようなものを説明します。 

わたしは学生時代に舞台系のサークルであるマジック部に入部し、また他の舞台系のサークルの練習に混ぜてもらったりもしていました。戯曲の創作について我流で学び、在学中に3回ほど演劇の舞台公演をしました。そんななかに出会った言葉が「三大深切」という河竹黙阿弥の言葉でした。河竹黙阿弥は江戸末期~明治初期に活躍した歌舞伎・狂言作家で作家の心得として三大深切を説きました(深切は親切と同じ) 

つまり「座元に深切、役者に深切、お客に深切」です。 

少し解説をいれると、座元は芝居小屋など興行主のこと。役者はいわゆる役者だけではなく舞台で表現をする囃子方や衣装、美術も含まれます。深切=親切は簡単、すぐできるという意味ではなく、こうしたらお客さんは、役者さんは、興行主は喜ぶだろうかという心づくし、工夫をするという意味です。 

これを展示に置き換えると考えると、座元はギャラリーや企画者、運営者となります。役者とはわたしの場合だとプリントの業者さんや作品についての相談にのってくれる仲間たち、そしてなにより被写体。お客というのは自分の客ばかりではなく、グループ展なら他の作家のお客や企画者/ギャラリーのお客、そして宣伝/情報発信の結果、あるいはたまたま来てくれた新規のお客も当然含まれます。 

もう一つ老舗系百貨店で働いていたときに出会った「三方よし」という言葉もあります。これは「売り手よし、買い手よし、世間よし」という意味で、売り手はもちろんお店、ギャラリー、イベント主催者、あるいは作家自身。買い手は先ほどもいったお客さんたち。世間はわたしたちが生きるこの社会のことです。 

世間よしとは「世の中に迎合する」という意味ではなく、社会に仇をなさない商売をする。たとえば詐欺的な商品や粗悪品を流通させないというところにも通じます。よしというのは利益といえるかもしれません。 

利益とは必ずしもお金だけではありません。宣伝のようなすぐにはお金にならないものもあります。また幸福感や知的好奇心の充足など精神的なものもそうといえます。 

アートは(アートに限らずですが)見てくれるお客さんと、ギャラリーなどの発表する場や企画するディレクター、キュレーター、ギャラリストがいてはじめて成立するのでそこはやはり大切にしたいです。 

今回、わたしは「三大深切」と「三方よし」ができていたか? と少し不安になる、疑問を持つ場面がありました。今後はそこにもっと気を配らないといけない。そう感じました。 

今までの話題とすこしずれますが、わたしは展示の時は必ず新作とチャレンジを入れたいと考えています。わざわざ会場にきてくれるお客さんに会場に来てよかったと思ってもらえるようにと考えてのことです。 

今回、旧作をただ持ってくることもできましたが習作をもっていったのはそのような理由があります。 

さらに話題がずれてしまいますが、だれのために何のために作品をつくるのかという問いへの現時点での解として、わたしは「夜、眠れないから夜の写真を撮り始める」など自分でもどうしようもない状況から作品をはじめることがあります。 

また、わたしは子どものころ一人で暗い部屋で眠っているとオバケがでそうで怖くて小6まで親と寝ていました。姪っ子が幼いころ、当時のわたしと同じようなことを言って暗闇を恐れていたので、それが2025年の個展「闇がたり」の源泉になっています。 

つまり、わたしは自身が抱える問題や、疑問に向き合う一種の自己ケアとして作品を作っていると感じています。それはときに明確な答えがないクエストをしている感覚になることもあります。 

その自己ケアが誰かのケアにつながっていく。その車輪を回していく。そうあれたらいいなあと思います。そのために健康と元気を大切にしたいです。クエストを続けられるように。 

このトピックの最後として、ご来場のお客様の多くに「習作 表松島 馬の背」に興味を持っていただけたことは大いに励みになりました。数を増やすか、大きくするか。被写体や素材との出会いと対話を繰り返しながら決めていきたいと思います。 

〇作品について 

少し作品のことについて書きますと「習作 雪中のパンジー」は2026年2月、東京に雪が積もった日、旧古河庭園で撮影した一枚がもとになっています。UVプリントが洋金箔(=真鍮箔)に載るかを確かめたものです。出来上がった際に「予定どおりにできたが、驚きがないな」と思ってしまい、家族や信頼できる友人、写真の師である瀬戸正人にそのことを相談、確認しそこから「習作 表松島 馬の背」を作ることを思い立ちました。 

「習作 表松島 馬の背」で二層にはがせる楮のインクジェット和紙を使ったのは驚きを求めてでした。和紙から印刷層をはいで膠で金箔を貼ったボードに貼りつけ、その上から膠をさらに塗布しました。こうすることで薄い和紙に強度を持たせ研磨することが可能になります。薄い和紙をさらに薄く研磨し、さらに膠を水でもどし、刷毛や指で繊維を少しずつ抜いていき、和紙とその下にある真鍮が透けるグラデーションをつくっていきます。 

和紙は薄く、予想外の挙動をすることも多々ありました。それが写真を撮影するときの被写体との出会いや対話のように感じられ、狙いどおり「驚き」がきました。想像を超えてきました。 

ベースにした写真は2023年1月に撮影したものです。 

2020年の新型コロナウイルスによるパンデミック以前から帰省するたびに学生時代に通学で使っていた仙石線の風景を撮っています。仙石線は仙台~石巻間を走る電車です。塩釜をすぎて野蒜までの松島湾沿いの景色を通学中に美しいなあと思ってみていました。現在は一部、防潮堤が築かれる、駅が移設されるなど震災前と大きく表情を変えていますが、まだ往時の面影が残っています。 

松島には幼いころ両親や姉たちとマリンピア松島水族館(2015年閉館)にいきラッコやウーパールーパーを見て、そのあと遊覧船でカモメやウミネコにかっぱえびせんをあげた思い出(現在はエサやり禁止)や、高校時代に友だちと連れ立って花火大会にいった思い出、長姉の子どもたちと水族館でアシカのショーをみて、瑞巌寺にいった思い出など細かくあげていったらきりがないほど思い出があります。 

写真を撮りながら、コラージュを作りながら念頭にあったのは尾形光琳の「松島図屏風」でした。震災の翌年2012年3月~6月に東京国立博物館でおこなわれた「ボストン美術館 日本美術の至宝展」でわたしははじめて本物の尾形光琳筆「松島図屏風」を見ました。 

松島を題材にしたこんなにすばらしい画があるのかと感動しました。 

それから十数年が経過し、松島図屏風が松島を描いた屏風ではないと知りました。その上で今回、松島図屏風を念頭に松島の写真を使いコラージュを作成しました。 

松島の写真をつかい、松島図屏風の複製をつくるだけなら、模倣品「もどき」を作るだけなら極力、元の作品に似せて似せてとつくっていくところですが、わたしが目指すところは羊の羹(スープ)から派生した羊羹、雁の肉から派生したがんもどきのような模倣を逸脱し名前を逸脱しオリジナルとなったものです。 

本物と偽物の分水嶺はどこにあるのか? また話は少しずれますが、わたしたちが日本らしいと感じるその根拠となるものはなにか? そんな問いを持ちながら今後も制作をつづけていくと思います。 

〇最後に 

大阪に姉一家が住んでいますので近畿地方での活動を行おうと去年から神戸六甲ミーツ・アートやKG+SELECTへの挑戦、KYOTOGRAPHIEへ来場など少しずつはじめていました。今回、本企画にて展示の機会をもらえたことで昨年、作家仲間から紹介されたギャラリーや以前からアプローチをしたかった編集者などにわずかなりとも自分の売り込みをすることができました。 

また、Artists Fair Kyotoやそのサテライト会場で質の高いアート作品にふれ、またアーティストと言葉を交わすことにより刺激をうけることができました。 

最後の最後に、ご来場くださったお客さま、また滞在発表を同じくした近あずきさん、Anita Changさん、Sumire Sakumaさんたち、そして展示の機会をつくってくださったBaexong Arts ユミソンさんに感謝の意を表します。 

本当にありがとうございました。 

津村耕佑

Sumire Sakuma

Anita Chang

近あづき

日々、「アーティスト≒作品」の出入りがあり。その度に滞在者も作品を相互鑑賞し。理解(しようと努力)し。話し合い。展示空間を共に作る。この前提条件に縛られた行為の集合で作られる展覧会は、展覧会自体が「作品」になっているように解釈でき、自分がその一要素となることは興味深い体験でした。

 アーティストが展覧会を作るのか、キュレーター(企画者)が展覧会を作るのか。主体はどこにあるのか。二つは、二項対立ではなくシーソーのようなもので展覧会により様々なバランスがあると思います。しかし多くの意思決定の上に、展覧会が成り立っていると仮定すれば、合議だとしても主体(シーソー自体)は存在すると思うのです。 展覧会を鑑賞する際に、空間内での配置意図が理解できた瞬間、作品の見え方が変わる体験や、同じ作品を違う機会で鑑賞した際に、作品が過去とは違う機能を持つように感じる事があります。 その様な展覧会体験をした時、キュレーターは作品という要素を使って、展覧会と括られる分野の作品を作る表現者(アーティスト)で、これが展覧会鑑賞の楽しみだよなぁ。と私は思っています

 その経験を思い出すと、今回の『誰かたちの展覧会』はユミソンさんが誰かたち(作品≒アーティスト)を要素として使って、最低限の介入と自然成り行きを見守ることで仕組みを強化し作っていった作品だと解釈するに至りました。 ソフィカル「眠る人々」が基点の展覧会である。ユミさんも作品を作っているアーティストである。この事実を鑑みると、当たり前のことなのかもしれません。しかし、ステイトメントの文章並びに募集要項、SNS告知は展覧会主催者としての立場を明確にしているように感じられました。


 最後に、下記は、今回の滞在で自分の作品と向き合った感想です。 渡航前、SNS上で『A Small, Good Thing -積み重ねることで生まれること-,』展 (横浜, 2022)に参加した際の思考を思い出す。と触れていました。


 この時のキュレーションの趣旨は、「それが現前するに至った小さいながらも重要な軌跡を公開する」というものでした。自分の中では2022年の展示と今回の展覧会は、リンクし反転する様な感覚を持っています。

 私は前者の展示で、作品を作る「思考回路」という物質として存在しないものを立体インスタレーション作品に落とし込みました。今回は実在する「展覧会(「作品≒自分を要素として使ってもらった作品」)」に、装置として参加する。というパフォーマンス(not performing.)作品を作らせてもらった。という感覚です。展覧会が終わった現時点で分析すると、作品を作る人間として要素に止まれなかった自己の無意識があったのかもしれません。


■ 開催期間
2026年2月21日(土)〜24日(火)
12時から19時
場所:Baexong Arts 東九条
*グーグルマップで検索すると、一つ北の道を指してしまうので「丸福産業」の西側の私道からお入りください。

■ 滞在アーティスト
金子千裕
近あづき
Anita Chang
Sumire Sakuma
津村耕佑

■ 企画
Baexong Arts (ユミソン)

■ 展示と滞在について
応接間とリビングダイニングのみ一般公開(生活空間は非公開)
泊まれる人数が上限(宿泊するのは滞在アーティストのみです。観客は宿泊できません。全体で最大5名のアーティストが同時滞在)
*全室禁煙
*在廊はアーティストが交代でします。企画者はいません

■ 記録
展示空間はタイムラプス撮影またはライブ配信を予定しています。
また、後日滞在アーティストによる簡単なテキスト記録(何を展示したのか)を公開します。